teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
 メール ※掲示板には表示されません(詳細)
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


宇高連絡船紫雲丸

 投稿者:まるい  投稿日:2018年 9月 9日(日)21時03分57秒
  初めて書き込みさせて頂きます。鉄道連絡船に関して興味がありまして、こちらを拝見致しました。
さて、昭和30年の紫雲丸事故では貨車15両と郵便荷物車4両を積載していたとありますが、郵便荷物車の形式番号は何か資料に掲載されているのでしょうか。「四鉄史」には積載貨車の一部記載ありましたが荷物車は無かったかと思います。洞爺丸事故については「洞爺丸台風海難誌」に各船の積載車番号、発着駅まで記載がありました。ご存知の方がいらっしゃればご教示頂けると幸いです。
 
 

Re3: 米坂線の尾灯

 投稿者:クモイ103  投稿日:2018年 9月 6日(木)21時40分29秒
  竹中@ノーブルジョーカー様

詳細なご教示ありがとうございます。
「運転取扱基準規程」に規定されていたのですね。
学生時代に鉄研の先輩の指導により数名で一括購入した本があったような気が…
こんど発掘してみたいです。
オハユニの件は、やはり混合列車の貨車抜きですか。

# 貨車に詳しい人…一度直接お会いしたいものです(謎)
 

RE:米坂線の尾灯

 投稿者:竹中@ノーブルジョーカー  投稿日:2018年 9月 4日(火)22時57分30秒
  ミキスト様
クモイ103様

車掌車省略の貨物列車に関して貨車に詳しい方に聞いたところ
下記のような説明をいただきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「運転取扱基準規程」(S4006改訂)によれば、
緩急車の省略は第24条で規定されており、
「車掌の乗務を省略できる列車」が対象となっています。

車掌の乗務省略は第25条にあり、
 1.単機
 2.救援または排雪列車
 3.先頭に特殊設備があり運転士が乗る推進運転・・・上野?
 4.「車掌の乗務が省略できる線区」で、支社長または管理局長の指定した
   貨物、工事、回送、試運転列車

車掌の省略線区は第26条にあり、
 ・非自動区間(但し別表に指定する区間を除く・・・主要線区はNG)
 ・停車場外で隣接する本線がない
 の両方を満たし、支社長が指定する線区。

となっています。最も良く見る緩急車/車掌省略の例は単機でしょうか。
八高線のような例は、ローカル線でエライさんが指定した線区に当る訳ですね。

車掌省略時は機関士が車掌業務を代行するとのことで、第25条3項には新興~
入江間や高島の移動操車のように貨物線で短区間の場合は、操車掛が車掌を代
行できると書かれていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
とのことで、オハユニに外付け尾灯は、たまたま貨車が連結されていない
混合列車でだったのではないでしょうか。
 

Re: 米坂線の尾灯

 投稿者:クモイ103  投稿日:2018年 8月31日(金)08時38分45秒
  ミキスト様

米坂線のSL牽引列車の画像ですか。
その年代はわかりませんか?
そうしたルールや運用の事情といった物事は、年代によって変化していることが多いものです。
尾灯のある車両にわざわざ外付けの尾灯が取り付けられているとのことで、理由は2つほど考えられます。

(1)過渡期だった
 緩急車の妻面に尾灯が標準装備されるようになったのは、戦後の昭和20年代後半からでした。
それまでは尾灯は全て外付けで、客車自体と別運用が組まれていたのです。
新製の緩急車が尾灯を装備して落成し、オハフ33など既存の緩急車にも取り付けられていく過程で、尾灯のある車両と無い車両が混在している状況では、従来の外付け尾灯を一律に運用するしかなかったと思われます。
そのような状況は昭和30年代初頭までの一時期だった筈です。

(2)イレギュラーな編成だった
 戦後、緩急車は最後尾に連結されるのが原則になりましたが、一部のローカル線では例外が認められて柔軟な編成が組まれることがありました。
例えば過去にこの掲示板でも話題になった日中線ではオハ61+オハフ61という編成が往復し、オハに外付けの尾灯がつけられていました。
米坂線で緩急車が最後尾に来ない編成が認められていたのかわかりませんが、仮にそうであって、本来その列車は最後尾が非緩急車であるべきところ、何らかの事情で突発的に編成が変更されオハユニが最後尾に来てしまった、という可能性も考えられます。
もしかしたら所定では後部に貨車がつく混合列車で、その日はたまたま貨車が無かったのかもしれません。
そのような状況は、昭和40年代まであってもおかしくない事です。

貨物列車についても、線区によって緩急車の省略が認められていました。
(車掌が機関車に乗務していたのかどうかは知りません…)
私の知っているところでは八高線のセメント列車が該当し、DD51がホキだけの列を牽いていました。
緩急車なしの貨物列車は、おそらく全国に点在していただろうと思います。
 

米坂線の尾灯

 投稿者:ミキスト  投稿日:2018年 8月29日(水)11時48分53秒
  お知恵をお貸しいただきたいのですが.
You Tubeで米坂線のSLの画像を見たですが,最後尾の車両がオハユニなどの尾灯が装着されている車両にも拘わらず外付けの尾灯らしきものが点灯しています.新津あたりのルールだったのでしょうか.
もう一つ,貨物関係になりますが,前後共に車掌車,緩急車が連結されていない貨物列車もありました.途中で組成しない列車などは非連結だったのでしょうか.
よろしくお願いいたします.
 

RM LIBRARY 229

 投稿者:竹中@ノーブルジョーカー  投稿日:2018年 8月23日(木)22時14分46秒
  先月と今月のRM LIBRARYは客車ネタで救援車です。
今だから語れる話題もあり、客車ファンは必携の2冊だと思います。
 

西日本豪雨に際して

 投稿者:ED76109  投稿日:2018年 7月21日(土)10時55分29秒
   ご無沙汰しております。「ED76109」であります。

 まず、標題のとおり、西日本各地の被災者の皆様方に、心からお見舞い申し上げますとともに、犠牲者の方々に心からお悔やみ申し上げます。しかし、今回の鉄道被害は豪雨被害の想定をはるかに越える最悪の状態かと、心痛めております。様々な募金活動程度でしか、小生支援できませんが、いつもの通りに戯言させていただきますことをご容赦ください。

 1 幼少の頃から、「はやぶさ」「さくら」などでお世話になっていた「セノハチ」の惨状は目を疑い覆うばかりであります。特に、補機の塒であった「瀬野機関区」のあった瀬野駅構内が流入してきた土砂で一面茶色となってしまった風景には、言葉を失ってしまいました。SL時代、「C59」や「C62」などが行き来していたであろう鉄路は、土砂崩れや土石流で覆われてしまい、無残の一言でしかありません。また、「河内」付近は道床が流失してしまい、レールが宙づり状態。上空からの映像に、どれほどの雨が降り注いだのか、想像がつかないほどであります。

 2 50年以上も前のことですが、東京から呉線経由で広島まで16時間ほどで結んでいた寝台急行が走っていました。先達の皆様には、多弁は無用であろうと想像いたします「安芸」であります。小生も実際、小学生のころに東京駅のフォームで「EF58」に牽引されていたブルーの「10系旧客」で揃えられた「安芸」を眺めながら、「C62」が先頭に立つ呉線の旅路に憧憬を重ねておりました。
 しかし、今回の豪雨で「呉線」は壊滅状態であり、「安芸川尻」・「安浦」・「風早」・「忠海」といった撮影地は如何ばかりかと、心を痛めています。乗り鉄で眺めた瀬戸内の光輝く海岸線に迫っていた山からの土石流からの復興を心から祈念しております。

 3 今回の豪雨被害からの復旧には、「山陽本線」「呉線」で数か月、「芸備線」「木次線」では年単位の時間を要するとの報道を目にするにつれ、ブルトレ全盛期であれば、夏休み中の運転状況を気にするところでしたが、現在は貨物レの動向が気になるところであります。
 物流の遮断で、経済動向にも悪影響が懸念されるとのことで、「JR貨物」は代行輸送に頭を痛めています。国鉄時代であれば、「山陰本線」等による代行ルートでと考えるところですが、現状では「免許」や「代行貨物レの牽引DL」、乗務員の確保などで、易々と迂回運転には及ばぬとのことであります。
 回顧主義は何の役にも立たないことは重々承知しているところですが、万一の場合の対応策すら対処で  きない現状の「JR」に歯痒さが感じられてならないものであります。

  何の役にも立たない戯言に係り、失礼いたしました。以上、本日観戦予定の「道民球団試合」での「募金活動」に家族一同でささやかでも協力したいと思う「教頭客車鉄ちゃん」でありました。
  
 

Re: 連合軍専用客車の帯色

 投稿者:クモイ103  投稿日:2018年 7月20日(金)22時51分12秒
  jfs様

お話を受けて「知られざる連合軍専用客車の全貌」を改めて引っ張り出しました。
カラー口絵にある連合軍兵士のスナップ写真ですね。
確かに帯の色はクリーム色1号に近い印象を受けます。

正直、連合軍専用車の世界には小生まだ十分踏み込めておらず、
この本を買ったものの恥ずかしながらしっかり読んではいませんでした。
ご指摘の点は、今後のため頭の引き出しに仕舞わせて頂きます。
 

Re:帯色の見解など

 投稿者:クモイ103  投稿日:2018年 7月20日(金)22時35分1秒
  スハネ30生様

乱暴な物言いになってしまい、重ねて非礼をお詫び申し上げます。
今回改めて自分の考えを文章にしてみて、これもまた推測に過ぎないのだという事を認識いたしました。
いつかこの“クリーム帯”の真実が明らかになることを願って、これからも各種の情報をひも解いていきたいと思います。
真摯なご対応ありがとうございました。

jfs様

色材に関する詳細な解説、ありがとうございます。
なお星晃氏の写真をうっかり「ネガ」と書いてしまいましたが、ネガかどうかわかりませんね。

ここからは余談になりますが、小生も模型と実物を両目で睨みながらの趣味活動です。
ただ最近は工作の手が停まっており、いかんなあと思っているところですが…
お話しに出たキングスホビーの末期に客車キットの設計を担当していた人は小生の知り合いでして、実物に関する情報もいろいろやり取りしていました。
彼も“帯色問題”にはお手上げだったようです。

さらに余談ですが、同社のメーカー完成品は等級帯の幅が1.2mmで、実物換算180mmになります。
実際は皆さまご存知の通り150mm、スケール1/150のNゲージならちょうど1mmが正解です。
かつて主要部分を金属だけで構成しNゲージとしては超重量級だったキングスホビーのキットに、プラ製部品を積極的に取り入れて軽量化を推進した“改革派”の彼ですが、1.2mmの帯幅は変える事ができず(それ以前に同社完成品を購入した人が困ってしまうので)、不満だったと察します。
 

連合軍専用客車の帯色

 投稿者:jfs  投稿日:2018年 7月20日(金)18時52分41秒
  こんばんは、jfsです。この度の一件で皆様には色々とお世話になり大変感謝いたしております。

実は衝撃の事実が判明しました。先日仙コリ様にご紹介いただいた「知られざる連合軍専用客車の全貌」を
昨日早速買い求め掲載の記事や写真を興味深く閲覧いたしました所、軍名CARSON CITY 1408
マロネ37125の帯色が白でなくクリーム(1号)であった事を発見しました。
これは昭和26年10月に軍関係者が撮影した物で恐らくコダクロームで撮影された物と思われます。
帯と共にサボが写っており、サボが真っ白の地肌であるのに対して、帯色はまさにスカ線のクリーム色であるのです。
帯の下の形式記号についてもこのクリーム色表記です。またカバー裏表紙のオロ369 SARATOGA 2370の写真では
その軍名番号がクリーム色、帯は真っ白になっているのです。
他の写真に関しては帯色も軍名番号も同じ色(白と思われる)あるのですが、もうこうなると、
言ってみれば何でもアリだったのではないか・・・という印象さえしてきます。
この写真に関しては画面に白とクリームが映り込んでいるので、非常に比較しやすい物です。
是非ご覧になって下さい。
 

レンタル掲示板
/312