teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
 メール ※掲示板には表示されません(詳細)
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


20系客車車内公開

 投稿者:急行えびの3号  投稿日:2018年 3月25日(日)21時59分59秒
  かなり久しぶりに投稿いたします。
さて、表題の件ですが、福岡市東区の貝塚公園には9600形蒸気機関車と20系客車が静態保存されており、春と秋に客車車内が公開されています。
これまでなかなか都合がつかなくて行けなかったのですが、今回ようやく行くことができました。
現役の20系客車には乗車したことがなかったので、今回初めて実車を内部から見ることができました。
 
 

S47年頃の14系「あかつき」編成記録について

 投稿者:EF58-38  投稿日:2018年 2月12日(月)14時56分52秒
  はじめまして。
ずっと閲覧側の人間だったのですが、少し困ったことがあり書き込みさせていただきます。
模型製作のためS47年10月改正~翌S48年10月改正までの間の寝台特急「あかつき」下り2号(25列車)、3号(27列車)、4号(31列車)、上り2号(26列車)、3号(28列車)、1号(32列車)のいずれかの編成探していますが、いかんせん1年間のみだったもので出てきません。
もし車両の番号の記録をお持ちの方いらっしゃいましたらご教授頂けないでしょうか?どうぞ、よろしくお願いします。
 

去年のお礼と急行丹後について

 投稿者:オロハネ10 505  投稿日:2018年 2月 7日(水)08時38分33秒
  はじめに年末から年始にかけて体調を崩してしまい、ナハネ11の件のお礼ができていませんでした。申し訳ありません。クモイ103様、ありがとうございました。有井のナハネ11を改造する事にしました。
次に、今度友人から9600が転属してくることになり宮津線のはしだてビーチや臨時丹後について調べていたのですが臨時丹後が旧型客車なのは分かったのですが編成両数が判明しません。臨時丹後は大体何両編成だったのでしょうか?
 

Re: マイテ3911・整理等級帯色と標記履歴私見

 投稿者:クモイ103  投稿日:2018年 1月23日(火)20時02分38秒
  客車様

わかり易い時系列の整理をありがとうございます。

マロテ39 11 の青帯については、当掲示板で平成14年2月14日(木)に
急行高千穂 様が次のように述べられています。(倶楽部メモ125に収録)

> 『鉄道ジャーナル76年4月号』で、26ページに展望デッキと、
> その前の窓1つ半が写っており、間違いなく青帯と1の数字があります。
> (元々青大将になる前は後部には1の等級表示はなかったのでは?)
> 写真は管理者さんに送ります。
> 写真には、2等級制移行により青帯になったマイテ改めマロテ39のコメントがついており、
> 車体の標記にもマロテ39の文字が読み取れます。

残念ながら私は当該の号を持っていないため今すぐには確認できないのですが、
これについては確認されましたでしょうか?



私の手元にある情報としては、モノクロですが、格下げから1ヶ月後の
1960-7-30に撮影されたマロテ39 11の写真が下記の2冊の本に載っています。
・鉄道ファンNo.271(1983年11月号)特集:展望車 P.60
・鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション10 国鉄客車開発記1950 P.20
同じ写真ですが、後者の方が大きく見易いです。

全検標記は「34-2」、車号標記の上に所属標記がある旧式標記ですが、
車体各部はツヤツヤしていて塗装後間もない印象を受けます。
そして肝心の等級帯ですが、旧式標記ならある筈のローマ数字の「1」がなく、
代わりに出入台吹寄せ部に大きな「1」が標記されています。
この事から、少なくとも等級帯(もしかして車体全体?)が再塗装された事が判ります。
そして帯の色調は標記文字より暗めで、モノクロだけに確実な材料ではありませんが、
感覚的には青1号と思っても違和感のない明るさです(淡黄色の可能性もありますが)。
私はこの写真から、少なくとも1960年7月1日の2等級制移行の時期前後に再塗装が行われ、
青帯になったと考えています。



客車様がお手持ちの塗膜片について、
> 黄帯の断面色と模型用塗料(日光モデル製品?)との比較により、
> 黄帯の色の色調はクリーム色1号
とのご見解に対して、現物を見ていない私が言うのも抵抗がありますが、
貴重な実物であればこそ、今から見れば耐性の劣った昔の塗料ですから、
クリーム色1号と2号の差であれば経年による退色でわからなくなってしまうのでは?
という気がしてなりません。
(まことにもって、私も拝見したいです…)



ところで客車様が述べられた下記の2点ですが、出典がわかればご教示頂けないでしょうか?

1960 昭和35/5 2等級制
               規定  実塗色
        青1  黄  ロ
1961 昭和36/7 帯色変更
               規定  実塗色
        淡緑6 黄  ロ
 

マイテ3911・整理等級帯色と標記履歴私見

 投稿者:客車  投稿日:2018年 1月22日(月)03時45分13秒
  クモイ103様
たびたびで済みませんが マイテ3911・整理等級帯色と標記履歴私見を記します

        等級の帯色と標記
               帯色  車体標記
      昭和33以前  黄    イ
1958 昭和33/3 国鉄車輌関係色見本台帳制定
          黄    イ     黄帯色はクリーム色2号との記述
1959 昭和34/6 車輌塗色及び標記方式の制定
               規定  実塗色
        白   黄  イ
1960 昭和35/5 2等級制
               規定  実塗色
        青1  黄  ロ
1961 昭和36/7 帯色変更
               規定  実塗色
        淡緑6 黄  ロ
1962 昭和37/6 晴海鉄道博覧会イベント仕様
        淡緑6 白  イ
1962 昭和37/9  廃 車
        淡緑6 白  イ
1963 昭和38/9 青梅鉄道公園保存時
          白    イ
1975 昭和50年頃 側板が錆びて浮き上がって割れた帯色部の塗膜を折り取り・採集
   学童用絵の具の青色   ロ     青梅鉄道公園での後年の整備時に変更か
  採集塗膜断面の観察により塗膜等の重なりは以下のように下層より順に
  鉄片→ブドウ色・塗膜厚1mm→黄帯色・塗膜厚1mm→白色・塗膜厚0.1mm→
    ブドウ色・塗膜厚1mm→学童用絵の具の青色・塗膜厚1mm
          イベント用の塗膜厚はものすごく薄いですね
この時、黄帯の断面色と模型用塗料(日光モデル製品?)との比較により、
黄帯の色の色調はクリーム色1号と判明
昭和33/3 国鉄車輌関係色見本台帳のクリーム色2号との記述は疑わしい、となります
1987 昭和62   大井工場へ
2007 平成18/1  大宮鉄道博物館へ

RM LIBRARYNo200日本の展望客車(上)の93頁下から12行目に"マロテ3911は青帯に変更された"と断定していますが、根拠は記していませんね。
また下から6行目に"青帯で廃車のようだ"となっていますが晴海での白帯色とイ標記はイベント仕様なので公式記録では無視したのでしょうね。
そうすると当方の私見では"マイテ3911は黄帯のロ標記で廃車"となります。
 

鉄道荷物輸送におけるパレット輸送について

 投稿者:のり  投稿日:2018年 1月21日(日)17時46分54秒
  鉄道荷物輸送について知りたい事があります。パレット輸送のパレットの中身、積荷は何だったのでしょうか?新聞を運んでいたのは聞いた事があるのですが、新聞以外の雑誌類、また段ボール箱状の一般小荷物などもパレット輸送されていたのでしょうか?何か御存知の方いらっしゃいましたら御教示のほどよろしくお願いいたします。  

ご指摘ありがとうございます

 投稿者:ED76109  投稿日:2018年 1月20日(土)21時11分25秒
   「ED76109」でございます。

  九州のものずきヲヤヂ 様

  ご指摘ありがとうございます。まさしくそのとおりです!!! 失礼いたしました。
 

ED76109さま

 投稿者:九州のものずきヲヤヂ  投稿日:2018年 1月20日(土)20時13分0秒
  重箱の隅つついてすんまっしぇん。
「遙かなる旅路」やなくて「大いなる旅路」のはずですばってん・・・・
「遥かなる」と言えばあの種村直樹氏の名著「遙かなる汽車旅」をイメージさせられます。
 

健さんと鉄道映画

 投稿者:ED76109  投稿日:2018年 1月20日(土)11時44分26秒
   連投のようで失礼いたします。「ED76109」でございます。

 さて、先日小生が勤務しています高校の先生が、ご夫婦で札幌開催の「高倉健追悼展」をご覧になったことを炉辺談話にされておりました。先生曰く、「いやぁー、良かったですよ。」と感動の一言。
 そういえば、「高倉健」さんは「北の大地」に加えて、鉄道風景が似合う俳優でもあったと思っています。「鉄道員(ぽっぽや)」が有名ですが、それ以外でも色々な映像が話題となっています。今日はそのような「戯言」を述べさせてください。

 1 SLの機関士の一生を、戦争の悲劇と絡ませながら描いた力作「遙かなる旅路」。小生は主役であった「三國連太郎」さんの重厚な演技に感動したのですが、「健さん」は主役の機関士の三男(?)役で登場しました。役どころは「特急こだまの運転士」であり、駆け落ちした娘に会うために「名古屋」へ向かう三国さん達が「健さん」の運転する「こだま」で西下していく・・・といったストーリー。モノクロでしたが、181系の車内風景や新幹線開業前のトカホセの車窓風景など、なかなか見応えのある画像が展開されておりました。

 2 「網走番外地」での「森林鉄道を使った脱獄シーン」など、北海道の鉄道と「健さん」との関わりは先達の皆様方にはよくご存じのことと思います。そんな中で秀逸と考えているシーンは、「駅~station~」での「銭函駅での離別シーン」。「いしだゆかり」さん演じる妻との別れを彩ったのは、鉛色の吹雪の中を現れた「ED76500番台」が牽引する旧客鈍行。狭窓の「スハフ32」のデッキに乗り込む「いしだ」さんとの別れを不本意ながら受け入れる「健さん」。銭函の真冬のフォームを汽笛とともに去って行く「旧客レ」から、涙ながらに敬礼のポーズを取る「いしだ」さん・・・。「121レ」でしょうか、今では見ることができない珠玉のワンシーンであります。「山線」の寂れ具合と併せて、「銭函」の風景も少しモダンに変化したように思えてなりません。

 3 道東の原野が舞台となった「遙かなる山の呼び声」。「健さん」が仮の宿りに選んだのは、「旧標津線の上春別駅」近くの酪農牧場でした。「鈴木瑞穂」さん演じる兄との再会シーンは今は無き「上春別駅の待合室」。典型的な北海道の寒駅そのままのストーブとベンチの風景の中、「函館」へ戻る兄は「キハ22」のDCに乗り込んで、曇天の下「健さん」への別れを告げる・・・。小生にとっては、北の大地への憧憬を誘うワンシーンでありました。
 そして、「ハナ肇」さんと「倍賞千恵子」さんが、涙ながらに訴える言葉に号泣する「健さん」を乗せた「急行大雪」のラストシーン。雪原を走るDCを見ていると、いつも小生は胸が一杯になってしまいます。

 「新幹線大爆破」の主犯役や前述した「鉄道員の幌舞駅長」など、まだまだ数え切れないほどの名シーンを支える「鉄道風景」。懐かしい風景に是非とも注目いただきたいものです。

 長々と失礼いたしました。以上、次の異動地にワクワクどきどきの「教頭客車鉄ちゃん」でありました。
 

北の国からのご挨拶

 投稿者:ED76109  投稿日:2018年 1月 6日(土)09時27分26秒
   新年おめでとうございます。「ED76109」であります。

 今年も「客車倶楽部」の末席で、好き放題の戯言を述べさせていただければ幸甚の限りでございます。早速、当地では「帰省の利用客、3年連続減少」との「JR北海道」の前途多難のニュースも流れていますが、どうなることやら・・・。


 失礼いたします。以上、胆振西部在住の「教頭客車鉄ちゃん」でありました。
 

レンタル掲示板
/306