teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
 メール ※掲示板には表示されません(詳細)
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


現代の「保健車」

 投稿者:クモイ103  投稿日:2017年 5月14日(日)14時23分30秒
  先日大宮車両センターの前を通ったら、構内にレントゲン車?とおぼしき車が停まっていました。
私の勤務先でも恒例の集団検診の予定がありますので、まあどこも同じなんだなと妙に親近感が湧いたり。
ただ私の所では外部の医療機関に委託ですが、
さすがにかつて病院まで擁していた国鉄一家の流れをくむJRだけに、自前の様です。
かつて国鉄の地方組織に存在した「保健車」を思い出しました。

山間へき地の駅や信号場に勤務する職員に定期検診を受けさせるため、
必要な医療器材を積み込み、医師が乗り込んで巡回した「保健車」。
たいてい古い客車を改造したもので、その点は救援車や配給車などと同様です。
記号も事業用車の“ヤ”で、スヤ32、スヤ42、スヤ52といった形式がありました。
その後駅や信号場の廃止や無人化で、保健車を必要とするような現場は無くなり、
今ではそうした専用の車両が存在したことも忘れ去られようとしていますね。
 
 

マロネロ38様へ-5

 投稿者:マロネ49  投稿日:2017年 5月10日(水)22時19分1秒
  時代の空気感を感じさせていただける大変貴重な投稿の数々、本当に参考にさせていただきましたし勉強させていただきました。
本当にありがとうございました、ご健勝を心よりお祈りいたしております。

 管理人様、普段は読むだけではありましたがこのような機会を与えていただきましたことに心より感謝いたします。
 

ありがとうございました

 投稿者:鈴木昌生  投稿日:2017年 5月 7日(日)23時16分51秒
  マロネロ38様
短い間でしたが,様々なご教示を賜りまして誠にありがとうございました。
 

改造車の既存形式への編入について

 投稿者:理左衛門  投稿日:2017年 5月 7日(日)16時07分49秒
  国鉄・JRの改造車の他形式編入なのですが、私は納得できない車が3両あります。それは、オハフ33630とスハフ42523、サロ110-401です。それぞれ、スハフ42の軽量型であるオハフ46、戦後型折妻タイプの35系緩急車でТR40系台車装備のスハフ41、急行型サロの格下げであるサロ112に編入されるべきでした。文献によっては「サロ112が廃形式になっていたため」とありますが、キロハ28は廃形式になった後、追加車両が登場しています。皆さんはいかがお考えですか?
 

臨時レの運転をお待ちいたします

 投稿者:ED76109  投稿日:2017年 5月 4日(木)20時40分21秒
   おばんでございます。「ED76109」であります。

 マロネロ38様

  再びの、「臨時レ」が運転されることがあると信じています。本当に「奇跡の出会い」を信じて、「見学旅行」引率で関西を訪ねることを楽しみにいたします。ありがとうございました。

 以上、「昭和48年2月号「ニュース・スクラップ」(120頁)」は、「鉄道ファン」誌であることを付記させていただくとともに、「四季島」に沸く「伊達在住の教頭鉄ちゃん」でありました。
 

マロネロ38様へ-2

 投稿者:クモイ103  投稿日:2017年 4月30日(日)19時35分43秒
  マロネロ38様

“撤退”とのお話し、私も残念に思います。
管理人様も書かれている通り、客車の歴史に関する実体験のお話しは貴重な証言でした。
ご年齢のことは致し方ないのかもしれませんが、
これからもお健やかに過ごされますようお祈り致します。
ありがとうございました。
 

マロネロ38様へ

 投稿者:仙コリ@管理人  投稿日:2017年 4月30日(日)11時39分45秒
  マロネロ38様

鉄道趣味から撤退される可能性があるということ、大変残念です。
マロネロ38様の実体験にもとづく貴重なお話は、この客車倶楽部には欠かせない存在となっており、重要な構成メンバーのお一人だと思っています。

仮にPCでのネット環境が無くなってしまっても、スマホなどで参加出来ますし、鉄道趣味も昔のことを思い出すだけでも続けられると思いますので、今後も貴重なお話を聞かせていただければ幸いと存じます。
(ちなみに、この書き込みもスマホで作成しています。)

無理のない範囲で続けていただければ嬉しいですが、本当に最後となってしまう可能性があるということで、私の管理力不足で何度もご迷惑をおかけしてしまいまして申し訳ありませんでした。

今まで本当にお世話になりありがとうございました。
 

有難うとさよならと。

 投稿者:マロネロ38  投稿日:2017年 4月29日(土)19時19分0秒
  長い間お世話になりましたが年齢の関係で足腰が不自由になり、歩行に困難を生じるように
なりましたので、養老院へ入る交渉中です。
若し入所したらインターネットが出来ませんので、皆様にお別れしなければならなくなりました。
5月1日以後書き込みが長く無ければ、鉄道趣味撤退と御解釈ください。

長い間管理人様や多くの皆様にお世話になりました、客車倶楽部の楽しかった思い出はあの世へ行っても忘れません。本当に有難う御座いました。
 

伊達の教頭からの戯言情報です。

 投稿者:ED76109  投稿日:2017年 4月29日(土)11時17分22秒
   失礼いたします。「ED76109」でございます。

 よしおん 様

 初めまして。伊達在住の「教頭鉄ちゃん」です。産は東京なのですが、縁あって「北の大地」に渡り、北海道在33年目となりました。
 さて、お訊ねの「C623」号機ですが、昭和48年2月号「ニュース・スクラップ」(120頁)に、次のような記述がありますので、情報提供いたします。残念ながら、「雪祭り関係の記述」は一部だけですが・・・。


 ◆C623 号機の延命が叶う

 10月一杯で廃車の運命にあった、北海道内ただ一両の残存SLC623号機を"なんとか保存してほしいと、鉄道友の会北海道支部など全国の鉄道ファンの希望を延命嘆願書にまとめて北海道総局に提出していたが、同局ではとりあえず3号機の寿命を48年10月まで1カ年延長することを確約。いつでも動かせる状態で保存できることになった。
 3号機は、昭和23年6月18日、日立製作所笠戸工場で生まれ、東海道線で特急の牽引に活躍していたが、同線の電化完成で31年に北海道に渡り、2号機とともに函館本線の急行用機関車として名をあげてきた。ところが、10月末で車検が切れ、修理費に170万円かかるところから、そのまま廃車する予定だった。
 しかし、全国の鉄道ファンから延命を望む投書が相次いで舞い込み、道内で検討した結果、一年間の延命を認めたもの。このため3号機は近く苗穂工場で修理されることとなり、「さっぽろ雪まつり」などの催しにあわせて特別運転することを考慮中である。

 小生、RJで「ニセコ牽引」から引退し、「小樽・長万部」のローカル旧客を牽引する「C623」号機の記事を眺めた(小学4年生の秋?)記憶があります。それに憧憬を感じて「鉄」親父を説得。初の渡道となったのですが、帰京最後の「122レ」で「小樽」から「D51」ではなく、「DD51」が「ED76500番」から引き繋がれた時の「失望感」は、未だに忘れることができません・・・。

 本当に長々と失礼いたしました。以上、当該誌の表紙の「関門の古老EF308」号機に感動した「教頭客車鉄ちゃん」でありました。
 

C623

 投稿者:マロネロ38  投稿日:2017年 4月26日(水)16時22分46秒
  古い事ですが多分鉄道友の会の客貨車気動車部会会報「食堂車」に出ているかも知れません、
一度友の会にお尋ねになったら如何ですか?
或いはピクトリアル、ファン、ジャーナルに直接問い合わせられるか(バックナンバーの
在非)です。
 

レンタル掲示板
/305