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おはようございます。「ED76109」でございます。
マロネロ38様
>東京→米原(マイロネフ37)を急行併結で敦賀港までの列車
「蟷螂の一刀」(笑)ですが、「鉄」勉強の内容を少々・・・。
「東京・敦賀港」の直通列車は、国際連絡が再開された「昭和4年9月」の段階で、「下り東京発20時25分急行5レ」、「上り東京着20時特急富士」に併結されました。直通車両は1両のみ。「米原・敦賀港」は鈍行列車に併結され、使用車両は「オイロネフ17280形(木造車)」だったとのこと。
その後、「昭和5年10月」に併結列車が「下り東京発21時25分発急行17レ(金曜日)」、「上り東京着20時25分着急行10レ」に変更され、使用車両は「マイロネフ37280形(鋼製車)」にグレードアップしております。そして、「昭和9年12月」に「マロネフ37500形」に変更されました。
この後、数度の時刻変更を経て国際連絡が継続されておりましたが、「マロネロ38様」御指摘のとおりに、「昭和17年ごろ」までには「北日本汽船」の3船全てが撃沈されてしまい、運行停止の事態に陥っていたようであります。
参考 「鉄道史を彩る十五の名場面 昭和を走った列車物語(JTBキャンブックス)
小生、車両関係は疎く、「1・2等寝台車」だった程度の認識しかございません。可能であれば先達の皆様方からの御教示があれば幸いであります。
長々と失礼致しました。以上、「首位陥落」の恐怖に震える「道民球団応援団」の「中年客車鉄ちゃん」でございました。
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