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ルーティンワーク的にお邪魔しております。「ED76109」であります。
マロネロ38様
>「アジア」「はと」「朝日」「ひかり」「のぞみ」「大陸」「興亜」等々
「釈迦に説法」で失礼致します。(笑)
「朝日」
戦時中、日本領であった「羅津」(現朝鮮民主主義人民共和国、羅先市)より「新京」(現中華人民共和国東北地方、長春市 旧満州国の首都)の間を運行。なお、「上野」から「上越線の急行列車」及び「航路」が接続し、「東京から新京」の日中連絡輸送の一翼を担っておりました。
「はと」
南満州鉄道を代表していた優等列車であり、「大連」より「長春」(後の満州国首都新京)間を運行しておりました。
「大陸」
「釜山」から朝鮮(日本国)・満州(満州国)・華北(中華民国)を経由して「北京」を結んでおり、華北への貴重なルートを確保していました。なお、同列車は南満州鉄道の「あじあ」号と同様の完全に密閉されたスタイルの「一等寝台車」や「展望車」を連結して、37時間30分で走破しておりました。
「興亜」
「大陸」とは昼夜の運転時間帯を変更したダイヤで「釜山」から「北京」まで運転されておりました。しかし、「大陸」とは車両設備は対照的であり、「一等寝台」や「展望車」が連結された記録はございません。また、この列車は終戦間近の昭和20年8月ころまで運行されておりました。
「ひかり」
「荷物車」・「三等車」・「三等寝台車」・「食堂車」・「二等寝台車」・「一等寝台展望車」の6両編成で、「釜山」から「奉天」(現中華人民共和国東北地方 瀋陽市)、「新京」(現中華人民共和国東北地方 長春市)を経由して「ハルビン」(現中華人民共和国東北地方 黒竜江省都)間を21時間で結んでいた急行列車であります。また、同区間には急行「のぞみ」も運行されておりました。
いずれの列車も「亜欧連絡ルートの1つ」として、「シベリア鉄道」との連絡等の一翼を担い、前述しました「東京」から遙か「ロンドン」・「パリ」への当時の「最短ルート」が
確立されていたわけであります。
長々と失礼致しました。以上、「中国東北部の広大な風景」に遙かなる大陸への憧憬を感じる「中年客車鉄ちゃん」でありました。
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