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伊達の教頭からの戯言情報です。

 投稿者:ED76109  投稿日:2017年 4月29日(土)11時17分22秒
   失礼いたします。「ED76109」でございます。

 よしおん 様

 初めまして。伊達在住の「教頭鉄ちゃん」です。産は東京なのですが、縁あって「北の大地」に渡り、北海道在33年目となりました。
 さて、お訊ねの「C623」号機ですが、昭和48年2月号「ニュース・スクラップ」(120頁)に、次のような記述がありますので、情報提供いたします。残念ながら、「雪祭り関係の記述」は一部だけですが・・・。


 ◆C623 号機の延命が叶う

 10月一杯で廃車の運命にあった、北海道内ただ一両の残存SLC623号機を"なんとか保存してほしいと、鉄道友の会北海道支部など全国の鉄道ファンの希望を延命嘆願書にまとめて北海道総局に提出していたが、同局ではとりあえず3号機の寿命を48年10月まで1カ年延長することを確約。いつでも動かせる状態で保存できることになった。
 3号機は、昭和23年6月18日、日立製作所笠戸工場で生まれ、東海道線で特急の牽引に活躍していたが、同線の電化完成で31年に北海道に渡り、2号機とともに函館本線の急行用機関車として名をあげてきた。ところが、10月末で車検が切れ、修理費に170万円かかるところから、そのまま廃車する予定だった。
 しかし、全国の鉄道ファンから延命を望む投書が相次いで舞い込み、道内で検討した結果、一年間の延命を認めたもの。このため3号機は近く苗穂工場で修理されることとなり、「さっぽろ雪まつり」などの催しにあわせて特別運転することを考慮中である。

 小生、RJで「ニセコ牽引」から引退し、「小樽・長万部」のローカル旧客を牽引する「C623」号機の記事を眺めた(小学4年生の秋?)記憶があります。それに憧憬を感じて「鉄」親父を説得。初の渡道となったのですが、帰京最後の「122レ」で「小樽」から「D51」ではなく、「DD51」が「ED76500番」から引き繋がれた時の「失望感」は、未だに忘れることができません・・・。

 本当に長々と失礼いたしました。以上、当該誌の表紙の「関門の古老EF308」号機に感動した「教頭客車鉄ちゃん」でありました。
 
 

C623

 投稿者:マロネロ38  投稿日:2017年 4月26日(水)16時22分46秒
  古い事ですが多分鉄道友の会の客貨車気動車部会会報「食堂車」に出ているかも知れません、
一度友の会にお尋ねになったら如何ですか?
或いはピクトリアル、ファン、ジャーナルに直接問い合わせられるか(バックナンバーの
在非)です。
 

C62-3雪まつり臨時列車

 投稿者:よしおん  投稿日:2017年 4月22日(土)13時07分4秒
  すみません、C62-3が昭和48年2月4日に牽引した雪まつり臨時列車ですが、この列車編成表を調べてもどうしても出てきません。この列車編成がお分かりになる方、どの雑誌に載ってたなどお分かりになる方、いらっしゃいましたら是非教えて下さい。

なお、雑誌の場合はその雑誌の何巻、もしくは何年の何号まで、ご存知でしたら教えて下さい。
 

快速「レトロ花めぐり」号

 投稿者:仙コリ@管理人  投稿日:2017年 4月17日(月)11時34分18秒
  クモイ103様

「旧客探訪記」をご覧くださりありがとうございます。

土曜・日曜は休めない事が多い仕事なもので最近はなかなか活動できなかったのですが、
今回はたまたまタイミングがあったので、土曜日の列車に乗車し、日曜日はどうしようか
思案していたところ、船岡駅周辺での桜がとてもきれいだったもので、以前から船岡で
桜の時期に撮影してみたいと思っていたので、撮影としてはひさしぶりに県外遠征
(片道約100km)してまいりました。

土曜日の船岡駅周辺は若干雨模様であったのですが、日曜日は快晴で撮影されていた方も
見える範囲でざっと200名ほどはいたと思います。

今回の編成はお察しの通り郡山方からスハフ42+オハ47×3+スハフ32でした。
ちなみに土曜日の乗車は1号車のスハフ42でした。

ED75+旧型客車の普通列車は学生時代によく乗っていたので、蒸気機関車牽引の列車よりも
懐かしく、思い入れもある列車です。
 

快速「レトロ花めぐり」号

 投稿者:クモイ103  投稿日:2017年 4月16日(日)22時37分37秒
  昨日と今日、標題の列車が運転されたのですね。
仙コリ@管理人様がアップされた画像を早速拝見しました。(6号車「旧客探訪記」)

16日の走行写真は、満開の桜の花道を行く千両役者の趣ですね。
今回の編成はスハフ42+オハ47×3+スハフ32でしょうか。
赤ベコの700番台はもともと奥羽北線用だったと思いますが、
今となってはかつての姿をそのまま残しているだけで貴重です。

個人的な妄想としては、機次位にオユ10あたりがついて欲しいですが(笑)。
 

AERA4月10日号

 投稿者:マロネロ38  投稿日:2017年 4月 9日(日)20時37分57秒
  ED76109教頭先生;
前原、石破両鉄道ファン議員が面白い事を発言していますよ。
党派は違っても2人ともまともな(に近い)意見を述べています。前原議員の方が鉄オタ度
が高い様ですが。
 

どうしたらいいのやら・・・

 投稿者:ED76109  投稿日:2017年 4月 8日(土)14時45分8秒
   ご無沙汰しております。「ED76109」であります。

 マロネロ38様
 >資本構成だけを旧南満州鉄道同様の政府50%、民間50%の半官半民の株式会社

  当地では、国に財政支援をしてもらうしかないといった論調が次第に強くなっている感がいたします。単独では路線維持が困難といわれた「宗谷線」「石北線」「花咲線」沿線自治体は、具体的な支援策以前の議論に終始している感があります。とにかく「人がいない」「資金が足りない」。そして、中堅の「技術者がいない」といった具合で、JR北海道自身も八方ふさがり。本来であれば「JR各社のクルージングトレイン」の話を聞きながら観光列車の設定を企画しても、「在来DCの改造」で可能性を検討できるか・・・。「北海道新幹線」の札幌延伸前まで、会社自体が存続しているかといった意地悪な話題まで、真実味を帯びたものとなっています。
 完全な「民営化の暗」の闇は、深いと言わざるを得ません。

 長々と失礼いたしました。以上、「単年度黒字の成果を上げたJR貨物」の話題に、「JR北海道」の安い線路使用料が貢献していると複雑な思いを抱く「教頭客車鉄ちゃん」でありました。
 

JRは分割でなく資本形態変更だけの方が良かった?

 投稿者:マロネロ38  投稿日:2017年 4月 2日(日)09時23分20秒
  JR30年は改悪の連続だった感がありますし、PC激減と長距離列車が無くなったり、在来線
特急にしても細切れ乗り継ぎの不便と実質値上げとか。それに生活路線の廃止の悪循環。


私は国鉄を解体せずに「資本構成だけを旧南満州鉄道同様の政府50%、民間50%の半官
半民の株式会社」にするべきだったと想います。

当時この意見を大手各新聞社の読者欄へ投稿したがいずれも不採用でした。
文章が下手だったのが原因かもですが、中曽根首相と臨調の土光氏(今問題の東芝)や
財界の連中が「国労が憎い」の一点張りで、国民乗客や荷主が将来どんな不便と余計な出費
を蒙るか?を考慮しなかったのが大間違いでしょう。国労もやり過ぎの感が強かったですが。

故橋本龍太郎首相が「国鉄分割は失敗だった」と認めましたが、それを是正しなかった自民党や公明党の先見の無さと無責任が現在のJRの惨状を来したものと存知ます。
 

JR発足30年

 投稿者:だめおやじ  投稿日:2017年 4月 1日(土)21時17分59秒
  国鉄からJRに変わってから、今日で30年になりました。月日が経つのが早いですね。
JRになっても客車列車はまだ走っていましたが今では全滅状態になってしまいました。
北斗星、トワイライト・エクスプレス、カシオペアはJRになってからの客車列車ですがカシオペア以外は引退し、ツアー用に使用されているカシオペアも2月に北海道乗り入れ終了してしまいました。
カシオペアもいつまで走るのか気になります。
JR発足40年、50年はどうなっているんでしょう?それも気になります。
それまで生きているかは、解りませんが。
 

理解できないJR北海道

 投稿者:マロネロ38  投稿日:2017年 3月28日(火)20時41分16秒
  ED76109教頭先生;
大雪復活は良いけれど乗り換えとは---元々函館-小樽-旭川間の急行だったですが、思い切って特急でよいから函館-小樽-旭川-網走にしたら新幹線からの乗り継ぎ客にも便利なのに--
と想像します。
それに旭川-稚内間「礼文」を急行で復活で、またキハ54500番台の赤線入り復活とか--
今のJR北海道と西日本の社長は「線路をメクル」事だけを考えている消極的な経営者
ですね???
 

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