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KATO24系の灰色を再現するスプレー缶は?

 投稿者:yuki610813  投稿日:2017年 6月20日(火)20時47分48秒
  先般発売されたKATOの24系はやぶさセットのオハネ25 1000番台の屋根色が新製時の銀色なのですが、これを他の車両同様の灰色に揃えたいのですが、どんな色目のスプレー缶を使えばよろしいのでしょうか。  
 

青大将色

 投稿者:客車  投稿日:2017年 6月20日(火)00時28分55秒
  開催は20日までと迫っていますが、池袋東武デパートの鉄道展で
青大将客車の表札受け部分とその周囲を切り取って表札受けにツバメの表札を入れたモノが展示されています。
現役時に使用されていた本物の青大将色が見られます。
 

失礼いたしました

 投稿者:クモイ103  投稿日:2017年 6月18日(日)22時08分14秒
  長リハ様、旧来の物愛好者様、
ご発言者の取り違え、大変失礼いたしました。
ログを見返していたつもりが、肝心のところをよく見ていなかったようです。申し訳ありません。
 

Re:Re4:特急つばめ スユニ30連結

 投稿者:長リハ  投稿日:2017年 6月18日(日)20時16分33秒
  クモイ103様
詳細なご教示を賜り誠にありがとうございます。
ただ、引用なさったコメントは当方のものではありません。
旧来の物愛好者様の貴重なご意見ですので、僭越ながら当方が訂正申し上げます。
 

Re4: 特急つばめ スユニ30連結

 投稿者:クモイ103  投稿日:2017年 6月18日(日)16時26分12秒
  長リハ様、くらまろ様、横から失礼いたします。

特急列車がまさに特別に格上の存在だった当時、
客車運用の上ではこのような最古参車も入ったというのは興味深いですね。
とりわけTR11台車を履いたスユニ30が当時国内最速の列車に連結されて東海道をかっ飛ぶ姿は
見てみたかったです。(乗りたいとは思いませんが…笑)

さて遅レスとなりましたが、長リハ様から下記のコメントがありました。

> 日本を代表する列車「つばめ」なら他の客車区からスハニ35を借用の上で
> 臨時に仕立てるなどの処置を施しても良さそうなのですが

スハニ35形は総勢12両、昭和31年11月時点の配置と使用状況は次の様でした。

1~ 3:宮原 → 特急「つばめ」
4~ 6:品川 → 特急「はと」
7~ 9:竹下 → 特急「かもめ」
10~12:仙台 → 急行「青葉」(または「吾妻」?)

このうち宮原と品川の計6両が青大将化の対象車であり、
「他の客車区」のものは竹下と仙台の計6両という事になります。
宮原は大阪鉄道管理局、品川は東京鉄道管理局、竹下は門司鉄道管理局、
そして仙台は仙台鉄道管理局と、所属する地方組織がすべて異なります。

ここで踏まえておきたいことは、当時の国鉄では地方組織の独立性が高く、
それぞれの組織の気質といったものからして異なっていたという事です。
多分に対抗意識もある地域間で、現場的な融通を利かせることは難しかった、と言うより、
初めから他局に借りようという発想自体が出てこなかったとしても不思議はありません。
手近にあって使用可能な予備車を充てるというのが、きわめて自然な成り行きだったと思われます。

あるいはもっと直接的に、例えば塗色変更作業の計画が狂って突発的にスハニ35が足りなくなり、
とても東北や九州から借りて来る時間などなかったのかもしれませんが。

ちなみに昭和33年5月、ARC(アジア鉄道首脳者会議)に伴う臨時列車が運転され、
品川と宮原の優等車ばかりで仕立てられた編成の中で、機次位のスハニ35だけ、
遠く離れた仙台からスハニ35 11が呼び寄せられました。当時はスハニ35の1~9が宮原に集中し、
「つばめ」「はと」「さくら」に使用されていましたが、すべて青大将色でした。
編成を組む他のぶどう色の客車と塗色を合わせるためにわざわざ仙台所属車を持ってきたのですが、
そもそも品川と宮原の所属車を大々的に混用することも含めてこの様な事が出来たのは、
地方組織でなく国鉄本社が主導する一大イベントだったからにほかなりません。
 

Re:特急つばめ スユニ30連結

 投稿者:くらまろ  投稿日:2017年 6月17日(土)23時34分10秒
  長リハ様
ありがとうございます。
「タイムスリップ東海道線(大正出版)」の86ページを確認しましたが、当方が見た写真もこれでした。
改めて見ると、EF58次位の客車は二重屋根で窓が小さい、荷物扉2か所ありで位置がやや偏ってるといった特徴から、確かにスユニ30と特定してよさそうです。
客車2両目以降の形式は特定できないものの、先に触れた「京都大学鉄道研究会雑誌」に記載の編成記録と共に、非常に貴重な記録と思います。

その数年後の特急平和で、マロネ40の代わりに最古参のAロネ・マロネ48を連結した写真が残されていますが、それと比べれば、つばめのスユニ30は郵便荷物車で乗客がいない分ましだったのかもしれませんが、どちらも特急での最古参車による代走ということで、驚きでしたし大変興味深く感じます。
 

オロ11について

 投稿者:c622623  投稿日:2017年 6月11日(日)22時24分46秒
  先ほど質問させて頂きましたが、31番の幕板のサボ受けの存在については、あさかぜ、使用後、はつかりに使用されたので、幕板装備されていても不思議は無かったと思います。
この点につきましては、混乱させてしまい申し訳ありません。
 

オロ11について

 投稿者:c622623  投稿日:2017年 6月11日(日)21時39分39秒
  御質問させて頂きます。
青大将や、はつかり等、出入り口近くの幕板に、行き先サボが付いてましたが、最末期まで、サボ受けが残っていたのは、鹿児島の1番と44年のモノクラス制になる前の1等時代の品川配置、31番までは確認済みですが、他に、ありましたか?
尚、31番は、あさかぜ用の増備車ですが、幕板にサボが無かったのでは無いでしょうか?
31番のサボ受けの存在も謎なので、御質問願います。
 

Re:特急つばめ スユニ30連結

 投稿者:長リハ  投稿日:2017年 6月11日(日)19時37分13秒
  くらまろ 様
同じく久しぶりに失礼致します。
「タイムスリップ東海道線(大正出版)」の86ページに、昭和31年11月15日に鷲津駅の上り本線を通過する「つばめ」号の写真(若尾 侑 氏撮影)が掲載されており、EF58の次位がスユニ30と思われますので、こちらをご覧になったのではないでしょうか。

旧来の物愛好者 様
「写真など他に確かな資料があれば宜しいのですが・・・」とのことですので、同じく少しでも参考になりましたら幸いです。
 

急行安芸、蒸気末期の編成について。お答えありがとうございます。

 投稿者:c622623  投稿日:2017年 6月11日(日)18時07分54秒
  ノーブルジョーカー様、早速のお答えありがとうございます。
またまた、御質問させて頂きます。
S43年頃の急行さぬきの編成についてですが、スハニ35近代化改造車が、連結されてますが、荷物室は、どの様に利用されていたのでしょうか?
元々、スハニ35は、特急客の手荷物を預かるための車ですが、S43年頃は、手荷物を預かるサービスは無かったのでは無いでしょうか?
赤帽は、有りましたが、急行さぬきだけに手荷物サービスをしてたとは思えませんし、新聞輸送、とかで使用していたのでしょうか?
ご教授願います。
 

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