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余計なお節介ですが

 投稿者:RBF  投稿日:2004年11月 7日(日)15時59分41秒
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  高橋様 
たまたま貴HPの「困った本」が目に留まり、楽しく読ませて頂きました。別宮貞則氏の著書について触れられている部分について、少々気になりましたので・・
最初にお断りしておいた方が良いかと思いますが、小生は「指輪物語」、"Lord of the ring"のいずれにも、特に興味を持っている者ではなく、原典にも、瀬田氏のご訳業にも接したことはありません。一方で、別宮氏のお名前は存じており、ご著書も数冊拝読した憶えがありますが、別段、別宮氏を信奉している訳でも、別宮氏に私淑している訳でもありません。
さて、別宮氏の著書に触れられている部分で、
■「いえいえ、そんなことはありません。お年よりしゅう。」(十五頁)
 相手はひとりなのに「しゅう」とは何ごとか。
 (『誤訳 迷訳 欠陥翻訳』五九頁)
 という別宮氏の指摘に対して、高橋さんは、
 「別宮氏は日本語に不自由な方のようです。『広辞苑』(岩波書店第三版)によると、
  他の語の下に添えて、軽い敬意や信頼の情を言い表す語」とあるではないか、との批 評をされております。
これに関してですが、小生も、三波春夫氏の「皆の衆」だの、旧き良き白黒時代劇の科白に出てくる「若い衆」だの「村の衆」だの、「衆」という言葉には幼少の頃から慣れておりますが、『「衆」という言葉が、対象が単数の時にも使用される』というアイデアには生まれて初めて接しましたので、大変驚きました。後学のためと思い、慌てて広辞苑第五版を見てみますと、第三義として、「他の語の下に添えて、それに該当する『複数の人に』軽い敬意や親愛の情を表す語。」とあります(『』は小生が付したものです)。また、「漢字源」では、「{名}おおぜいの人。▽もと、おおくの臣下、または庶民をさしたが、今では大衆の意に用いる。『衆は、集団をなした人間にしか用いない。』」(同じく『』は小生が付したものです)とあります(残念ながら、ご指摘の広辞苑第三版は参照できませんでした)。
どうやら「衆」は、語源からしても、複数の場合のみ用いる語であるように思われます。別宮氏は確か、そろそろ八十歳になられるのではないかと、おぼろげに記憶しておりますが、大正生まれの教養人が、「衆」という、どちらかといえば旧い言葉の使用法(相手が単数でも使う場合がある)に疎いとはどうしても思いづらい。もし別宮氏の指摘通りのことが起こっているのなら、考えられるのは、「瀬田氏が対象を複数だと誤読していた」か、または「瀬田氏が日常的に『衆』を単数の対象にも使っていたので、訳文にも用いたが、実は複数の対象にしか用いないものであった」か、「『しゅう』という平仮名の言葉が『衆』以外の何かを表しているが、一般に用いられるものではないので我々には理解できない」か、の何れかでしょうか。この点ご再考を要するものと愚考致しましたので、余計なお節介とは思いつつもご一報しました。
 

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